盲腸の静かな夕べ

文章を投稿します。

記事カテゴリー ▼

2024-4-6

昼過ぎに中平卓馬展にすべりこむ。中平卓馬の写真思い出そうとして浮かんでいるの、たぶん森山大道だなという感があったので、ちゃんとみたい。一昨年、「なぜ、植物図鑑か」を読んだので、みるべき!と思う。
記憶障害後の写真のパッキリ度が、あの、私は全然写真わからなくぼんやりみているのだが、興味をひく複雑さがいっこいっこにきちんとひとつひとつ格納されている感じが、そのわかりやすさのまま受け止めていいのか、困惑したが見応えがあった。
日記の展示があった。前にとあることでインタビューをした役者(というか今はミュージシャンとというか)のことを思い出した。彼は何日になにをして、そして何日に何をした、と日付ごとにできごとを語ってくれた。中平は、まじで時間を細かく書く。
主に睡眠時間についてだった。それは中平自身と、中平が共に過ごす妻や、子供たちの入眠時間と、起床時間。ふと目覚めた子供の言葉も記している。
およそ何時、とかではなく59分、とか書いているから時計をぱっとみてそれを正確に書き込んでいたんだろう。どんどん先鋭化していったのか、日記は最終的に、中平の入眠時間、起床時間、そして昼寝の時間だけ記録していて、書き方のフォーマットは、「1時50分就寝、◯時起床(これおおよそ何時だったか思い出せない。寝るのは1時台なんだーと思ってみていた)、30分昼寝可能!!!」
というもの。昼寝可能、の意味はわからない。寝たってことなのかそのくらい余裕があるってこのなのか、、そして「!!」もぜったいつく。
しかし日記の中にあった、「吉増剛造の小説が送られてきたのはショックだった」というくだりが面白く、というのも、「吉増の詩なんか読んだことない」らしく(え、だいぶ昔に雑誌一緒にやってたのは読んでなかったのか、忘れたのか?)、とりあえず読んでみる、という感じで書いていた。そして読み始めたら小説ではなく批評文っぽいとのことも書いてあった。読んだら批評を書いて送り返したいと書いていた。偉い。
初期の写真(+文)で、高度成長期のさなかでバラバラになるからだのことについて書いていた。写真は機械の、部品?みたいな複合体がうつされている。情報化社会以前の話だとはおもうのだが、情報でからだがバラバラになると。そしてその状態がデフォルトになるみたいなことを書いていて、そうだよね、バラバラになりたいみたいな欲望の前に、すでにもう体ってバラバラなんだよなーとか、フルトラ読後の反省みたいなことをまたやる。

カテゴリー