文体の舵をとれない 3 長短どちらも-2
ル=グウィンの小説教室、『文体の舵をとれ』の課題3、問2です。問1はこちら。
練習問題③ 長短どちらも問2:半〜1ページの語りを、700文字に達するまで1文で執筆すること。
佐藤が呼び出しをくらったのは午後5時で、その1時間後に待ち合わせ場所につくと、飯田さんは眉間に力をこめて「遅い」と佐藤をにらみコーヒーをおごるようにつめよるが、今日は何用ですかと佐藤が尋ねることで気持ちが切り替わったのか、飯田さんは細っこい人差し指を立てて「今日は山に行く準備をする」と一言、エルブレス(アウトドア・キャンプ用品店)に佐藤をひきこみ道具一式を見繕うと、「では日曜日に」と去っていき、佐藤はハハアといつものように飯田さんの言葉を反芻しながら日曜日を待ち、指定の最寄駅にいそいそと出かけ、やっとT山に登るのだと思い当たり、なんだ軽装でもいけるような場所ではないかと余裕顔、それを見ていた飯田さんはキッと目を細くして「がんばりましょう」と自分に念を押すように言って、しかしそれを佐藤にも聞かせているのは明白で、佐藤は背筋をのばし、トレッキングシューズの紐をきつく縛り、では、と飯田さんと歩き出して、途中で休憩を挟みながらぐんぐんとまだコンクリートで舗装されている部分を進み、やがて土の感触を感じるようになり、だんだんと心がほぐれると、やはり浮くほどに重装備な自分たちを少し恥ずかしく思うが、前を行く飯田さんはまったくもって堂々として気丈で、きっちりと結んだおさげもその恩恵を受けているのか風にまったくなびかず、佐藤は景色よりそちらが気になっていて、そのせいか盛り上がった木の根に足をとられそうになる、と、飯田さんの視線が刺さり、心の声が佐藤の中にこだまする——がんばりましょう——はい、と佐藤が声に出して答えた時、飯田さんはずるっと足を取られて、あれあれ、と佐藤が思ううちに、ずるっずるっと次々に調子を外していき、大丈夫ですか、と佐藤が声をかけるころには飯田さんは玉のような汗をかいていて、「だから山は危ないんだ」とつぶやく視線の先、足元には透明でぶよぶよしたものがあり、それがまとわりついて飯田さんの邪魔となっていて、佐藤はなんだこれはと思いながら、でもそれが飯田さんの汗が巨大化したもので、飯田さんにだけひっつく妖怪のようなものだと把握した。
問1から時間が経ってしまって、こんなこと書いていたか、と確認しながら問2にとりかかった。すぐに題材は登山にしようと思った。長い一文にはそれがふさわしいと思った。ことばの学校の他の人の提出課題で、山に分け入る物語があって、どんどん奥深いところに迷い込んでいく感覚が面白いと感じていたのが影響している。句点をなしに積み重なっていく文章が山に入るイメージと重なった。あとは個人的に今年は山に登りたいと思っているのもある。
しかし書いてみると難しいし山の描写が入れ込めていなかった。他の方の文舵課題を読むと「長い文は書きやすかった」と感想を添えているものも多く、皆、すごい……と関心するばかりだ。中には一文とは思わせないようなものもあって、参考になる。個人的には和泉眞弓さんのものが自然な上に、ありそうでどこか異世界めいた雰囲気が好きだと思った(心の病、も効いている)。
他の方との比較でいうと、私の文はかなり読点と読点の間が短いのかもしれない。長い文章を書きなれていない証拠だ。物語を淡々と書くのではなく、もっと執拗に心情描写を書いたほうがいいのでは? と思いつつ、まだその必要性が理解できていないところも正直ある。
どちらかというと一人称の方が向いている課題だったかもしれないと感じた。主語がくるくる変わるのが難しい。なんども名前を書くことで印象的にはなるけれども、変な外しのわざとらしさが出るなと思った。また途中で「彼女」という人称代名詞の使用をやめた(諦めた)。かなり混乱する。