薄っぺらいことが大事 ！——『ビーチ・バム まじめに不真面目』（『The Beach Bum』）感想
2019年公開（日本では2021年）
まず、無軌道にボートを走らせる序盤のシーンで、この映画をみてよかったと思える。それだけで満足度は高かった（あんな愉快な走り……）。
マシュー・マコノヒー演じるムーンドッグは、フロリダで奔放に生きる詩人である。かつて出版した詩集で一世を風靡したらしく、飲み屋や街中で出会う人々の誰もが彼を知り、親しみをこめて讃える。そんなかつての大天才、ムーンドッグは、今や毎晩飲み歩いてはドラッグをキメ、愛すべき野良猫を保護し、気ままに女に声をかけて暮らしていた。
その生活は彼の妻、ミニーが事故死したあとも続く。ただミニーは、新たな本を一冊書かないと遺産は相続してやらない、とムーンドッグに課題を与える。無一文となったムーンドッグは、タイプライターをひっさげて、また酒とドラッグを浴びながら詩を綴りだす。
ハーモニー・コリンの撮る映像はどのシーンも断片的である。ムーンドッグが会話をしているシーンを主軸として、その会話の相手と過ごした別の時間のカットがはやいテンポで挟まれる。その間会話はずっと続いている。ミュージック・ビデオのように、ある一定の音楽（ここでは会話）が流れている間に、何度も回想が、もしくはこれから過ごす未来が、画面には映る。
めまぐるしいカットの切り替えのかたわら、選曲されたポピュラー・ミュージックと、ジョン・デブニーの劇伴がほとんど常に（だと思ったけどどうだろう？）鳴っている。空白が与えられないのだけれど、窮屈さは感じない。
「薄っぺらさ」が快く見える映画だなと思った。ムーンドッグが読む詩が薄っぺらいというわけではないのだが（あれには結構感動してしまうし）※、彼の周りにいる人物たちの描写には良い「薄っぺらさ」が感じ取れる。特にいいなと思ったのは、ルイス（ジョナ・ヒル）との会話のシーン。
出版社社長であるルイス（公式HPには肩書きがこう書いてあるけど、映画見ているときはエージェントか何かだと思っていた）は、序盤少しだけいじわるなやつに見える。詩を書かない、金を生み出さないムーンドッグの相手はしてやれんというスタンスで、友達というよりは旧知のビジネスパートナーでしかないような印象を受けた。そんな彼は、ムーンドッグが見事本を書ききったあとには手のひらを返す。夕日を見つめながらムーンドッグに語りかける。「自分が死んだ後に忘れられるんじゃないかって思う」「でもお前の仕事をしたんだってことが誇り」（大意でこんなようなものだったかと思う。細かくは覚えていない）。
ここのシーンでは、二人が並んで夕日を見るカットが、視点（カメラ）をズラした形で2パターン（か、それ以上？）使われている。会話が流れている間に、カットがチラチラと切り替わる。他のシーンと違い、ここでは同じような構図が繰り返される。その異質さが、何かこのシーンには特別な意味があるんじゃないかと思わせる。実際はないのかもしれない。しかし、そんな特別っぽい画面で放たれるセリフは、特別に聞こえてきた。ルイスがこぼした青臭く、薄っぺらい本音は、たとえそれが真実ではなかっとしても、それを言った瞬間だけは信用のおける言葉になっていた。そんなあの場面が愛おしい。
ピューリッツァー賞の受賞（すんのかい）スピーチのシーンもいい。ムーンドッグはスピーチの中で、一編の詩を読む。その間に挟まれる映像は、映画序盤にあった、ミニーとの最後のデートだ。ムーンドッグが思い出しているような構成で、ミニーと過ごしたあの夜が再びスクリーン上に現れる。
ムーンドッグが頭に描くミニーは、観客の頭の中にいるミニーの像の域を出ない。彼女の死後、彼女と過ごしたムーンドッグの思い出だとか、出会いのエピソードなんかはまったく描かれない。そんな軽やかな描かれ方をしている彼女だからこそ、観ている私も彼女の全てを知っていて、そして彼女の喪失を哀しく思える。
ジョン・デブニーの音楽はこの軽やかな物語に一層拍車をかける。ディズニー？ とも思ってしまうような、非常にキッチュでメロディアスな劇伴たち。これらは神妙な意味を持たず、素直に物語をドラマティックなものにしていく。
「物語の深み」ってなんだ、というところではあるのだが、この映画ではそれらが根こそぎ剥ぎ取られているような気がしてならない。薄っぺらさこそすばらしく、軽やかでいることが胸を打つ。ムーンドッグの生き方こそあまり参考にはならないが、自分がどんなに適当な人間でも、煌めく一瞬があるのかもしれないと、可能性をくれる。
ひとつ、難点をあげるとすれば、真面目でつまらない人間のあつかいだろうか。ムーンドッグの娘、ヘザーの旦那は作中でフニャ●ンと言われ、果ては捨てられる（しかも離婚については説明だけで画面にはまったく映らない）。いつも映画で排除される「つまらないやつ」は不憫だ……。
※ムーンドッグが劇中読む詩は、オリジナルではないものが多い。序盤と終盤で読まれる詩はリチャード・ブローティガンのもの。